夏みかんの島にて 作 やのひでのり 登場人物 田村達郎(45)田村家の父 田村久子(42)田村家の母 田村俊道(17)田村家の長男 田村秀和(7) 田村家の末っ子 @小さなフェリーボート・甲板の上   ボーと汽笛の音   海の景色を見つめる家族4人。 俊道「秀ちゃん、益子島初めてやろ」 久子「小さい頃、きたことあるって」 達郎「秀はあの時、赤ちゃんやから」 秀和「あれ、益子島やない。もう着いた    ん?」 達郎「ちがう、もっと小さな島や」 秀和「はやく着かんかね」 俊道「みかんがあるんよ」 秀和「みかん?」 俊道「そう、夏みかんや。いっぱいなっと   る」 秀和「ふうん」 うれしそうに海を見つめる秀和。 A益子島港 フェリーボートからおりる秀和達4人家 族。 ひとり走り出す秀和。 その方向にはラムネ屋の屋台がある。 秀和「兄ちゃん、ラムネや、ラムネ買っ    て!」 久子「秀! 旅館につくまで待ち! 兄ちゃ  ん、買ってやったらいかんよ」 俊道「秀、この荷物持ち! みんな一つずつ  もっとるんやから」 秀和「ラムネは?」 俊道「旅館着いたら買っちゃる。それまでが  まんし」 B道 家族4人が歩く。 ミンミンゼミが鳴いている。 秀和「まだかいな。タクシー使おうよ」 久子「(汗をハンカチで拭きながら)そんな  ものないの。もうちょっとがまんし」 C旅館・全景 2階建ての小さな旅館。 秀和達、家族が中に入る。 D同・客室の中 浴衣に着替えてくつろぐ父、達郎。 化粧を直す母、久子。 E同・ロビー 自動販売機から炭酸ジュースが転がり出 る。 俊道「秀、(ジュースを秀にわたす)コーラ  でええやろ」 秀和「うん」 秀和は、すぐに開けて飲み始める。 兄の俊道は自動販売機にお金を入れても う一本ジュースを買う。 転がり出るジュースの缶。俊道はそれを手 に取る。 俊道「いくぞ、秀」 と、廊下を歩き始める。 秀和「うん(飲みながら)」 F同・部屋の中 達郎「秀達は?」 久子「俊が海岸に連れて行くって」 達郎「あいつら迷子にならないかな」 久子「大丈夫よ。俊道、去年の夏休み。友達  と釣りに行ったでしょ」 達郎「ああ、そうか、そんなこといってた   な」 久子「・・・」 達郎「夏休みか・・・」 久子「やっと家族で夏休みがとれたわね」 達郎「秀がかわいそうやなあ・・・」 久子「・・・私、さきに風呂に入ってくる   け」 G海岸(夕)   太陽が沈みかけている。 秀和「きれいやなあ」 俊道「ああ」 秀和「お母さん達もつれてくればよかったの  に」 俊道「そうやな・・・そろそろ戻るか」 秀和「もうちょっと。全部沈むまでみてる」 俊道「駄目や、真っ暗になるぞ。ここ田舎や  からな。陽が沈んだらなんも見えんように  なる」 秀和「そうなん」 俊道「さ、いくぞ」 秀和「うん」 二人は、海岸を歩き始める。 H旅館・客室の中 海鮮料理が並ぶ。 活き作りを見ながら、 秀和「すごいね、動いとるよ」 俊道「ほんとや、まだ動いとる」 久子「おいしそうね。さ、お父さん食べまし  ょう」 達郎「うん、食うか」   皆、それぞれ、いただきます、といいな   がら料理に手を伸ばす。 久子「あなた、ビール飲みましょうか」 達郎「ビールはまずいんじゃないか。止めら  れてるし」 久子「だって・・・」 仲居さんが通りかかる。 達郎「・・・ビールだ。すみません! ビー  ル1本ね、グラス2つ!」 俊道「お父さん、ビール飲むの?」 達郎「ああ」 俊道「大丈夫なの」 達郎「ああ、少しだけな」 秀和「ああ! また動いたよ!」 久子「秀、静かに食べなさい。めったにない  んやからねこんなに豪華なの」 秀和「これ、どうやって食べるん? この巻  き貝みたいなやつ」 久子「このさらにお醤油をね・・・」 I旅館・全景(夜) J同・客室の外(深夜) 達郎「もう、眠ったかな、子供ら」 久子「はい」 達郎「秀のやつ大はしゃぎやったな。あんな  な料理、今ままで食べさせてあげられんか  ったから」 久子「あんなに喜ぶ姿、久しぶりに見ました  ね」 達郎「ああ、そうやなあ。俺も秀のあんなう  れしそうな顔をよくみたの。久しぶりやっ  た。いままで自分のことばかりやったから  のう」 久子「いいのよ。あなたはあなたでがんばっ  たんだから」 達郎「かわいそうやな。あの姿をみとると秀  だけでも施設に入れてあげとうなるな」 久子「もう決めたんやから。・・・独りだけ  残されるともっとかわいそうやろ」 達郎「すまんなあ。俺ががんばれればなあ。  でも、体はもう駄目や、治らんらしいし」 久子「あんた、なんにも言わんといて」 達郎「ああ・・・この日がずっと続くといい  のになあ」 K同・部屋(朝) 小鳥の鳴き声。   皆、リュックを背負い身支度をしている。 達郎「この島の山の向こうがな、景色がいい  らしい」 秀和「山登り?」 達郎「そうや」 俊道「どのくらいで上れるっちゃろう」 達郎「2,3時間ですぐらしい。傾斜も楽だ  って」 久子「じゃあ、行きますか」 秀和「ちょっとまって、うんこしてくる」   秀和が、走って出てゆく。   皆、笑う。 L山道 家族4人が歩いている。 夏みかんがたくさんなっている。 M頂上 島では一番高い山。(標高200mくらい しかない) 俊道「すごいね、島全部が見える」 秀和「ほんとや、すごいや」 久子「きれいね」 達郎「・・・・」 俊道「180度全部海か、パノラマ写真とれ るね」 達郎「・・・」 俊道「お父さん、どうしたん。また気分悪く  なった? 薬持ってきとる? 母さん」 久子「お父さん大丈夫」 達郎「いや、すまん、全然平気だ。気にせん  でええ。あまりにきれいな景色やから感動  しとっただけや」 久子「びっくりさせないでよ」 達郎「本当にこんなに景色のいいところがあ  るんやなあ。今までどうしてもっとはやく  出かけんやったんやろう」 俊道「向こう側におりてみらんね」 秀和「行きたい。ねえ、向こう側、行こう   よ」 久子「いかんよ。帰りどうするんね。もう1  回ここまで登らないかんよ」 海に漁船が何隻か走っている。 秀和「あの船、昨日うちらが乗ってきたやつ  やない。ねえ、兄ちゃんそうやろ」 俊道「そうやね。あれはそうかもしれんね」 N海岸   岩の海岸。 秀和と俊道は、水着に着替えて、海の中に 入ってはしゃいでいる。 父、達郎と母、久子はそれを遠くから見つ めている。 達郎「母さん、やっぱり明日帰ろうか」 久子「え」 達郎「あいつら見とったらね、生きる勇気が  湧いてきたんや」 久子「・・・」 達郎「もう、体中転移しとるけん、仕事でき  んけどな。・・・借金だけは残さんように  するけん。絶対にするけん・・・俊は大学  行かせてやりたいけんの。兄の忠のところ  に頼むけん。秀はおまえの側に置いておく  れ。あいつまだ、寝小便しよるけんの」 久子「あんた」 達郎「すまんな」 久子「あたしはここで死ぬつもりやったから。  あんたと一緒に」 達郎「秀がおるけんの。俊もおる。がんばら  ないかんよ。子供らには何にも罪はないけ  んの」 久子「・・・(涙ぐむ)」 遠くで海の中から、秀和が叫ぶ。 秀和「お母さん! ウニがおるよ、ウニが。  昨日食べたやつと同じや。針がたくさんあ  る!」 俊道「秀、気をつけり、ささると怪我するけ  んの」 秀和「わかっちょるわ」 久子「ウニは勝手にとったらいかんよ!」 秀和「は!?」 久子「ウニは勝手にとったらいかん、ちゅう  とんの!」 秀和「なんで!」 久子「漁師さんの許可がいるんよ。触わっち  ゃいかんよ」 秀和「そうなの・・・」 達郎「構わん、構わん! 秀! ウニ取って  こい。あとでみんなで食うぞ」 久子「あんた!」 達郎「できるだけいっぱいな!」 秀和「兄ちゃん、お父さんがウニ、取ってい  いって」 俊道「よし、俺が潜るから、おまえ受け取   れ」 秀和「うん」 ー終わりー